アイ・リメンバー・石井聰亙 / 『生きてるものはいないのか』 石井岳龍

◇『生きてるものはいかいのか』公式サイト
最初から最後まで気になったのは、アフレコがなんだかヘンなこと。
別にヘンなのではないかもしれないのだが、違和感が残りまくる。妙にクチパクと音声のズレとかが気になって仕方ない。
ここまで気になってしまえば、これは映画としての残念なこととなるのでしょう。
セリフをもってして、滑稽なすれ違い滑稽さ、奇妙なシュール感を出そうとしているのに、そのアフレコがなんだかチグハグなんですよ。
サウンドスケープが凝っているので、さらに違和感倍増。迫真性やまくしたてるセリフの必死さという脂身が、かえってまとわりつくような感触になってしまっているわけです。
予算の関係もあるんでしょうが、同時録音で役者をきっちり追い詰めないと面白さが出ないと思うんですよね、この映画の場合。
だって、これってようするに石井聰亙・ミーツ・サミュエル・ベケットみたいな不条理劇をやりたかったわけでしょ・・・と映画館を出て、チラシをはじめて手にとってよく読んでみて、はじめてこの原作が戯曲だということを知りました。
なるべく映画は事前情報ゼロの状態で観ることにしている自分ですので、ここで気づくわけです。まあ、戯曲のスピード感や迫真性やセリフのリズムなどを重視することを映画でそのまんまやる必要もないでしょうけど、それをとったらダシがきいていない味噌汁みたいなものですよ、残念ながら。
原作者や脚本家はさぞや不満タラタラでしょう。
オープニングの青空に黒の明朝体のスタッフロールは新鮮だったのをはじめ、映像の小技は効いてたので、そこを楽しむということも出来るんでしょうけどね。音楽もしかり。
自分は『高校大パニック』や『狂い咲きサンダーロード』が好きです。こんな虚妄と嫌らしい欲得にまみれた世界は滅ぼしてしまえ!そんな呪詛とバイオレンスが、逆説的な正義を生み出しながらも破滅していく主人公たち。
「砂漠は清潔だ」と、アラビアのロレンスは言いました。石井聰亙のバイオレンスの果ての荒野に、自分は何か清潔感のようなものを感じていたのです。
この映画は主人公はいません。韓国映画のよくある核(コア)みたいに「謎のアメリカの細菌兵器」とかも、結局はデマにすぎません。中心にあるべきものがなく、そこにはなんだかわからないウイルス?があるだけです。
そしてどこからか聴こえてくるのです。「こんな世界は滅ぼしてしまえ、こんな人間は殺してしまえ」
おお、これこそが石井「聰亙」監督の声ですよ。最後に残った喫茶店の店員の視点は、どんなに人が死んでころがっていようが、あんなバカバカしい人間たちを消し去ってしまった清潔な世界でした。
そんなわけで、悪い仕掛けの作品ではないと思いましたが、冒頭のとおりセリフの面白さをうまく演出できなかったことにより、なんともいえない作品となりました。
そしてなるほど、石井岳龍さんは教授になられていましたか。あのパンク映画野郎が教授とは。。。
FWF評価:☆☆★★★
VFXの動物映画 / 『戦火の馬』 スティーヴン・スピルバーグ

◇「戦火の馬」公式サイト
黒澤明が晩年に馬について語っていたことがある。
それは現代の馬というのが集団訓練されているものがほとんどなく、合戦シーンで馬を使うのが本当に難しいという話。撮影用の馬をかき集めても数頭しか集まらない。だから合戦シーンで馬はもう使えないのではないかということでした。
そんな黒澤明の懸念はよそに、世の中の進歩は著しく、馬もVFXを駆使すればあら不思議。見事に集団行動で戦闘シーンに参加できるようになりました。
この映画、たぶんアクションシーンのほとんどCGの馬が動いているんじゃないでしょうかね。見た目に全くわからないのが現代の技術というところですか。
しかし、それにしても、重機関銃が4つも5つもならんで一斉射撃するところに、馬群が突っ込んでいって、弾に当たる馬はいても、軽々と機関銃陣地を飛び越えていく馬多数というのはやりすぎでしょ(笑)長篠の合戦の故事を知らなかったのは、『影武者』を撮った黒澤の弟子筋を標榜するスピルバーグならば許されることではなかろうかと(笑)
こういう無理筋の部分は、この映画のちょっとしたディティールのみならずストーリーにまで行きわたっているのだから始末に悪い。
だいたい村の小作人が筋骨隆々たるサラブレットを町で落札したり、ジャム屋のおやじが大金もって突如セリに現れたり、馬と都合よく再会したり、なんだかムリクリのハッピーエンドで合点がいかずキツネにつままれたように映画館を出ることになる典型的なご都合主義ハッピーエンド。

考えるに、スピルバーグは馬をVFXで動かして動物映画を撮りたかっただけじゃないかと。都合のよい脚本をみつけてご満悦というところなんでしょうが、こちらはたまったものではありません。
馬といえば、『泥の河』や『荒馬と女』の馬はリアルでしたね。最近作の『ニーチェの馬』は観れませんでしたが、まあこの映画の馬よりは伝わってくるものはあったでしょう。
そんなわけで皆さまがこの映画を絶賛されているのを読むにつけ、自分の感覚はねじ曲がっているのではないかと危惧するわけです。
でも仕方ない。これは無理。音楽だけよかったです。それだけ。
FWF評価:☆☆★★★
オナニーでなにが悪いのか / 『ブラウン・バニー』 ヴィンセント・ギャロ

◇ブラウン・バニー - goo 映画
シネマヴェーラの特集「アメリカン インディペンデント魂!」は良い企画だった。
ガス ヴァン サントやソダーバーグの2000年代前後の重要作がスクリーンで観れるのは本当に嬉しい。
この手の映画だとレンタルで借りるの探して回らねばならない。先日、『レニングラードカウボーイ』を渋谷のTSUTAYAで見つけたが、なにやら「名作価格」だそうで580円のレンタル代。それなら名画座にかかるのを自分は待つ。ちなみに『アギーレ 神の怒り』はVHSのみ。ケン ローチの諸作品もほとんどがVHSだけ。まだまだ映画館のやることはあるのではないか。
さて、インディペンデント(独立系)というと、低予算の自主制作の映画という響きもあるが、アメリカの場合インディペンデント映画というのは、メジャー映画会社以外の制作作品を指すので、ちょっと日本の感覚とは違う。
昨年、イギリスで「最高の米インディペンデント映画50本」という企画があったが、一位の『ミーンストリート』はともかくとして、ジェームス・キャメロンの『ターミネーター』が入っていたり、この映画祭でもスコセッシの『ギャング オブ ニューヨーク』のような「大作」が入っていたりする。
俺はなんとしてもこれがやりたいんだ!というのがインディペンデント魂というところだろうか。それでもうまくやれる人もいる。『マルホランド ドライブ』などはテレビ企画でスタートしたものが映画になったりしている。たいしたものだ。
こうしたインディペンデント映画とは違い、正真正銘の自主制作映画の吹きっ晒し感覚の作品が、本作『ブラウンバニー』
自分の中で忘れられない名シーン、ボウリング場のレーンの前でピンスポットに照らし出されながら、キングクリムゾンの『ムーンチャイルド』(!)でヘタクソなタップを踏むクリスティーナ・リッチ。それが『バッファロー66』。
Moonchild - Buffalo '66 from Caroline Verner on Vimeo.
この素晴らしい作品で監督をしたっきり音沙汰なくなり、そして出てきたかのがこの作品。しかも、ほとんど自主制作映画(笑) たぶん俳優以外のスタッフは、製作・監督・撮影・衣装のビンセント・ギャロと、サブのカメラマンと照明さんぐらいなのではないか。
それほどの手作り感に充ち溢れている。
映画の時間のかなりの部分を占める車の中の運転シーンも、明らかに自分でカメラをセットして、それから撮影に入った映像っぽい。そんな手作りシーンの連続から、最後は身も蓋もないようなファックシーンとストーリーの急転換。
考えてもみれば『バッファロー66』も、得体の知れない失意と復讐の念にかられる男の鬼気迫る様相をずっと捉えていた作品だった。コミカルなチビでふとっちょの金髪娘を配置したところが、またミソなのだが、今回はそういう楽しさの部分がない。ストレートすぎる一発映画である。カメラも逃げない。延々と回される。これが独自の余韻をつくる。

この作品を観る者のことを考えないオナニー映画という人もわからんでもないです。しかし、なかなかに志は高く、単なる素人映画の域は超えている切実さは感じられる。出てくる登場人物もそれを演じる俳優もしっかり役目を果たしている。なかなかですよ。
主人公も主人公の彼女も時折ナンパされる女たちも、なかなかのシロモノです。魅力的。
太宰治はいいました。文学を書くとは、往来で裸で大の字になるようなものだ、と。
そうですよ、オナニーでなにがいけないのか?そもそも芸術からオナニー要素取り除いたら単なる商売でしょ。
そういう論理でこの映画をけなすなら、マーケティングの甘ったるいソースをどっぷりかけたシネコン映画でも観てなさいってことです。

そんなわけで、非常に楽しみました。フィルモグラフィーを見ると、2010年に75分の白黒フィルム"Promises Written in Water"を撮ってますね。全然知らなかった。日本でやってくれないかな。
お茶の水から神田にむかう中央線の光景について / 「珈琲時光」 ホウ・シャオシェン

以下は吉本隆明への追悼まじりの思い出と、『珈琲時光』がつなぐ戦前の台湾系日本語作家と横光利一のつながりについての雑文。
吉本隆明の「わが転向」の東京にまつわる書籍のエッセイに、横光利一が東京の風景で1番好きなのはお茶の水から神田駅のほうへ向かっていく中央線を、橋の上から眺めた光景、との記述がある。そして自分もそれが好きなのだと。
え、それってホウ・シャオシェンの「珈琲時光」のラストシーンじゃん!
いきなり慄いた。大好きな映画である。
それでこの横光利一の出典がかなり気になり、それを探し始めたのだけど、難易度が高そうだった。
さっそく仕事で打合せの間に、横浜中央図書館に行って、横光利一全集をチェックする。全14巻。とりあえず随筆の13〜15巻をざっと調べるも見つからない。
翌週にまた行って、半日がかりで膨大な分量の随筆を読む。見つからない。

閉館まであと数十分のところで諦めかけて、横光利一関連の評論を読み始める。
すると、戦前の日本語台湾文学に間接的に影響を与えていたことはすぐにわかった。
特に巫永福という代表的に日本語クレオール(日本語で小説を書いていた)の台湾人作家は、この横光利一に師事していたという。
ここで、なにかピンとくるものがあって、この人の小説の解説を見てみると、「首と体」という作品が横光の影響を直接受けた小説とある。
このへんからの閉館までの数十分はあっという間だ。
さらに調べると、この小説、台湾人の男と日本人の女のコのお話らしい。
家が金持ちか何かで(私小説の体裁なので作家本人のこととみなしてもいいと思う)、実業に転ずるために台湾に帰ることになり、都内を二人でぶらぶらして、最後に神保町の喫茶店で珈琲を飲むという。
◇台湾人作家巫永福における日本新感覚派の受容
― 横光利一「頭ならびに腹」と巫永福「首と体」の比較を中心に ―
図書館の閉館のチャイムが鳴る中、人の少なくなった図書館の書架の片隅で声をあげそうになった。
これって!そうですよ、まさしく「珈琲時光」!
こうしてホウ・シャオシェン−巫永福−横光利一のラインがわかってきたわけです。

たぶん、この本に「首と体」は掲載されています。高い!いつか読んでやる!
ちなみにホウ・シャオシェンの「珈琲時光」の次作は「百年恋歌」。
そして、「百年恋歌」の台湾語タイトルは「最好的時光」。三世代にわたる通時的な不思議でせつない恋愛物語。同じ時の光の名前を冠した「珈琲時光」も、まさかそういう輪廻の恋愛物語の仕掛けになっていたとは!ちなみに「時光」とはlumiereと英訳されている。
しかもこの電車ばかり出てくる「珈琲時光」と、小説にやたらと電車ばかり出てくる横光利一。
もうこれは間違いないな。ラストシーンは横光利一からきたものだ。

そういうわけで、吉本隆明に教えてもらった横光利一の原典をなんとか探したいと思うのだが、これは骨が折れそうだ。
それと、巫永福のその日本語小説「首と体」をなんとか読みたい。しかし残念、定価10,080円なり。これはなんとかどこかの図書館で見つけられるかも知れない。
さて、以前勤めていた会社が、勝どきにあったため昼休みの時間には、ぶらぶと月島あたりに行くことがあった。
月島に住んでいたことがある四方田犬彦の著書「月島物語」を読みながら、ああこのへんに吉本隆明が住んでいるのだと検討をつけていた。
あの埴谷雄高との論争で有名?になった、コムデギャルソンを着てポーズをとるアンアンの表紙は自宅の玄関の写真だったから、これで探せばなんとかなるだろうとは思った。
ただし、このあたりは似たような面構えの家が多く、そこだけは難儀しそうではあるとは思ったが、まあ近所に聞けばわかるだろうと。
月島は「下町情緒あふれる」町ということになっているが、もともとは明治に出来た埋め立て地で、労働者のための団地のようなコンセプトの町である。きっちりと区画された街路と、裏通りに入ると似たような門構えの家が多いのはそのためである。
きっと吉本隆明ならば、誰とも知らない人間が訪れて、著書の疑問に教えを乞いにきたとしても追っ払いはしないだろうとも思っていたところ、しばらくしてからこの人の訃報を目にすることになる。
ここから先は自分で調べろということなんでしょうから、そうすることにしますが、ひとつだけ、あの「珈琲時光」のラスト・シーンだけは教えてあげたかったなと思う。
以上、吉本隆明と本映画についての極めて私的な思い出でした。
なお蛇足ながら、映画は完璧な映画。
細かすぎて伝わらないモノマネ映画 /『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』

サッチャーの英国治世を、ざっくりと振り返るならば「サッチャー時代のイギリス―その政治、経済、教育」(森嶋通夫)が良い。
功罪様々なサッチャーを理解することが出来る名著である。
なお、この森嶋氏には「ブレア時代のイギリス」という著書もあり、これも面白い。
この映画の宣伝文句をつらつらと読んでみると、英国経済を立て直したとか新自由主義へ舵を切り英国再建を断行したうんぬんというのが書いてある。
このような浅はかな歴史解釈の書き手を非難するつもりはないのですが、正直どうかと思いますよ。というか、この映画を観て単純にサッチャーを尊敬しますというような感想を書いている人は、イギリス現代史に無知ですと表明しているようなものなのではないか。ケン・ローチは泣いていますよ(笑)

とはいうものの、映画は現実の政治を語るための素材ではあるかも知れないけれど、それだけのものではない。右派のババアとしても、メリル・ストリープがやるならば観に行かねばなりません。そんなわけで行ってきましたよ。
で、結論なんですが、表題のようなものになります。
単にサッチャーに似ている似てないなら、ものまね芸人でいいじゃん(笑)
かつての栄光と非難に彩られた歴史に残る宰相の晩年から振り返るというならば、もっともっとメリル・ストリープに喰いつくカメラもなんとかしようがありそうじゃないですか。脚本も愛憎織り交る政治家の厭らしさとか執念とかに、もっと入っていかないと。
田舎の食糧品屋の娘が政治家になるんですよ。しかもバリバリの右派なんですよ、娘のクセに。
あんな半開きのクチをあけた眠そうな目の女と人の良さそうな軽薄な男の恋愛話のエピソードだけがクローズアップされるわけですか、そうですか。
シンデレラストーリーみたいに進んでいく権力への道。政治ってそんなもんなんですかね。そして、シンデレラストーリーの中の試練はフォークランド戦争。死んだ兵士の家族に手紙を直筆で書いたなんていう話で、わたしはごまかされませんよ(笑)
そんなわけで、細かすぎて伝わらないモノマネ選手権みたいなこの映画の志の低さと、この時期にオスカーとか受賞する反動性に、メリル・ストリープ主演の映画で初の低評価をピン止めしておきます。
FWF評価:☆☆☆★★
『ブレア時代のイギリス』
(初出2007年10月22日)

イギリスでは新自由主義的な転換が最も早く行われたがゆえに、新自由主義の限界もいち早く明らかになった。新自由主義的な改革とは玉葱の皮むきのようなものであり、「官から民へ」を推し進めた終着点で、政府が何をするのかについては何の構想もない。新自由主義はその意味で政治の否定なのである。
ブレア時代のイギリス 山口二郎 
イギリスは二大政党制の国であるが、この十年は労働党の政権が続いている。
ところで、労働党政権を誕生させ、戦後最長の同党の政権を率いたトニー・ブレアは、いろんな意味で、小泉元首相と似ている。
党内改革を大胆に実行する手管。世論の風を一手に引き受けるメディア戦略。
ブレアにはスピンドクター(情報操作の専門家)を活用する手法(飯島秘書官の存在が非常に似ている)。
(ブレアのマスコミ戦略や情報戦略の内幕については「仁義なき英国タブロイド伝説 山本浩
」が面白く取り上げていて興味深い内容となっている)
そしてさらに何よりも似ているのは、個人的で人格的な魅力を最大限に発揮した強いリーダーシップスタイルである。これが世論を味方にし、改革を可能にした秘密である。
しかし、もちろんブレアと小泉は政治家として目指したところは全く違う。
さらに政治的背景として、もっとも違うのは、ブレアがサッチャリズムという新自由主義的な政策が綻びを見せ、全く予想したとおりに限界を迎えた後に現れたことだ。
ブレアは、新自由主義の目論見と福祉国家のコンセプトをなんとかバランスよく調合し、新しいイギリスの指針を処方したのである。すなわち「第三の道」である。
小泉は新自由主義の入り口を提示したに過ぎない。
イギリスは第二次世界大戦後、すぐに労働党政権となり、「ゆりかごから墓場まで」と言われる福祉国家政策を取り出した。
公営住宅、鉄道の国有化、社会保障制度の推進、医療費の無料化などなど。社会民主主義的な政策は、その後も70年代のサッチャーの時代まで引き継がれる。
これが否定されるのはサッチャーの時代である。
もともと「新自由主義」と呼ばれる政策は、「サッチャリズム」という名の下に始まった。
小さな政府による、市場経済を前提とした民営化、財政支出によるケインズ流の財政政策の放棄など。
70年代には、イギリスは没落していたのだ。「イギリス病」は、競争力を失った企業と怠惰な労働者を生み出した福祉国家政策が元凶とされていた。
本エントリの「ブレア時代のイギリス」の著者は、森嶋通夫著「サッチャー時代のイギリス―その政治、経済、教育」の続編として読まれるべき作品だ。その「サッチャー時代のイギリス」の作者は、、このサッチャーによる利潤原理による市場の見えざる力を社会に、より大胆に導入する手法を、「逆シュンペーター過程」と呼んでいる。
シュンペーターは、資本主義は放っておけば、資本の独占により「社会主義化/全体主義化」せざるを得ないというマルクスとは違ったスタンスのアプローチで、資本主義がこともあろうに「社会主義化」して自滅すると結論づけた。資本主義は癌で死ぬのではなく、ノイローゼで死ぬというわけである。これは、主に変化を失った社会の中で、民主主義的な仕組みをとらざるを得ない資本主義の市場原理は、かえって経済的な勝者に活力を失わさせていくという逆説的な論である。
もっともサッチャーはシュンペーターを本当に意識していたのかもわからないし、むしろ当時すでに気鋭の経営学者となっていたP.F.ドラッガーの影響のほうが強かったかも知れない。もちろん、サッチャー自身は当の本人に軽蔑されていたというハイエクの影響をもちろん忘れることはできない。
なにはともあれ、資抗するサッチャーは、「ビクトリア朝時代に帰れ」とのスローガンで、資本の活発な動きを促進するために、様々な手立てをとり始めた。
そして、利潤原理で勝者と敗者が現れることは当たりまえのこととして受け止め、「くやしかったら、がんばりなさい」という論理を押し立てた。
その結果、民営化、規制緩和、減税、これらが進み、財政削減による小さな政府へと展開される一方、イギリスでは失業者は増えていき、社会的不満は鬱屈していった。
その一方で海外からの投資は増え、製造業から金融をはじめとするサービス業へとイギリスの産業構造は劇的に変化している。現在のイギリス金融市場の活性化はここがひとつのターニングポイントとなっていることはいうまでもない。
サッチャーからメージャーに変わっても、新自由主義的政策を保持する保守党は足掛け18年政権を担当しつづけた。
その間に問題は膨らんでいた。貧富の差は広がり、医療や教育では公的サービスの荒廃が限界線まで達していた。92年の金融危機をきっかけに、保守党の政策に批判が高まり、そしてブレアが登場する。
ブレアは、労働党の改革に着手したうえで、サッチャリズム政策の修正にとりかかった。
そのとき、労働党はすでに数々の伝統的な社会主義的政策やケインズ流の財政政策を放棄している。例えば、生産手段の国有化は労働党の綱領からブレアによって削除されているし、福祉国家を維持するための政府による租税財源の確保、すなわち高累進課税や法人税を抑えて海外からの投資を導くスタイルは、サッチャー時代のものを引き継いだものだ。
そのうえで、教育や雇用プログラムを改革し、サッチャー時代に荒廃していた医療改革をするなど、公共サービスを新しい手法で立て直すことを行った。
「われわれの目標は、人々が市場の圧力によってなすがままにされるのではなく、市場の中で、自立的に活動できる人間を育成することである。」
ブレアの手法はある程度成功しているのは、イギリスの現在の好況と社会サービスの復活というテーマが著しく改善しているところからわかる。
おそらく、新自由主義的な経済政策や政治改革のプログラムを行う国家は、おおかれ少なかれ、このような社会主義的−福祉国家的−ケインズ主義的な処方を取らざるを得ない局面が出てくるはずである。
中南米の社会主義化の動きも、このような経済のグローバリゼーションに抗するひとつの揺り戻しと考えることが出来る。
世界経済は統合の方向に急速と進んでいる。IMF-WTO-世界銀行というトライアングルで形成された国際市場の枠組みに、今ではどこの国家であっても、それが例えばウーゴ・チャベスのような「新しい社会主義者」であっても、逆らうことは出来ない。市場原理を導入することということはは、すなわち統合された世界経済のステージに立つことを意味する。それに対するショックを少なくするために、国家は「社会的排除」されてきた弱者を手当てすることぐらいしか出来ない。
ときどき、オールドファッションな経済ブロックをつくって自国内の再配分の仕組みをなんとか維持しようとする試みがはじまり、それがあたかも最新の試みのように喧伝されるかもしれないが。
ここで社会民主主義は大きな難問にぶつかる。グローバルな資本主義とどのように折り合いをつけるのかという問いである。
(中略)
イギリスでニューレーバー(ブレアの新しい労働党の戦略)が目指したのは、グローバル資本主義という現実を受け入れたうえで、リスクの社会化や平等を最大限追求するというプロジェクトであった。
自由主義はどこまで行くことが出来るのか、国家は市場の結果(豊かな国の市民が貧しい国の市民に負担させているもの)をどの程度是正すべきなのか、あるいは環境などを射程にすえた調整をどこまで行うべきか、といった問題を議論するのは当然のことである。
マーティン・ウルフ
しかし、問題はそういうことなのか?
「ブレア時代のイギリス」の著者は、ブレア流の「社会民主主義」の実験が、資本主義を是正するのではなく、単に資本主義に人間を慣れさせることに過ぎないのでないかという懸念を示す。
すでに生存手段の生産というような実態経済が全く意味をなさないような金融取引が世界を駆け巡り、世界中の市場が統合されるような時代・・・・ある意味でマルクスやシュンペーターが預言したように資本主義が資本主義を崩壊させるような事態が・・・世界規模で到来するときが来るのではないか。そのとき、洪水に対してわれわれは世界規模で自らを救うための船を用意することは出来るのか。
そして、すでに現時点で絶対的窮乏化にさいなまされている世界中の人々が、自らの救済のために、何か決定的に違うアクションに陥ることはないのか。経済が傾くときに、世界は何度も最悪の選択を選びつづけてきた。
ブレアは、イラク政策の失敗(というか、強引な参戦)を問われ、これが最後まで響いて政権を手放した。が、この問題がなかったら今でも彼は政権を維持していたに違いない。
おそらく、日本にもブレアが試みたものと同じような揺り戻しの時がやってくるだろう。
しかし、まだその先を進めるための想像力を私たちはもっていない。
イギリスの選択は、そのまま数十年遅れて日本にやってきた。だから、日本経済と政治の今後を占うとすれば、まずはサッチャーからブレアへの遷移をチェックするとわかりやすい。
なんでもかんでも小さな政府・民営化・バラマキ是正などというキーワードがくれば正しいと思っている単純なメディアマジックにひっかかっている人は多少とも、イギリスの70年代から現在までの政治史を把握してよいのではないかと思う。
日本人はこういう潮流にキャッチアップする術に長けている反面、調子に乗りすぎることも多い。「バスに乗り遅れるな」方式の思考遮断にトクなどひとつもない。
ブレア時代のイギリス 山口二郎

イギリスでは新自由主義的な転換が最も早く行われたがゆえに、新自由主義の限界もいち早く明らかになった。新自由主義的な改革とは玉葱の皮むきのようなものであり、「官から民へ」を推し進めた終着点で、政府が何をするのかについては何の構想もない。新自由主義はその意味で政治の否定なのである。
ブレア時代のイギリス 山口二郎 
イギリスは二大政党制の国であるが、この十年は労働党の政権が続いている。
ところで、労働党政権を誕生させ、戦後最長の同党の政権を率いたトニー・ブレアは、いろんな意味で、小泉元首相と似ている。
党内改革を大胆に実行する手管。世論の風を一手に引き受けるメディア戦略。
ブレアにはスピンドクター(情報操作の専門家)を活用する手法(飯島秘書官の存在が非常に似ている)。
(ブレアのマスコミ戦略や情報戦略の内幕については「仁義なき英国タブロイド伝説 山本浩
」が面白く取り上げていて興味深い内容となっている)
そしてさらに何よりも似ているのは、個人的で人格的な魅力を最大限に発揮した強いリーダーシップスタイルである。これが世論を味方にし、改革を可能にした秘密である。
しかし、もちろんブレアと小泉は政治家として目指したところは全く違う。
さらに政治的背景として、もっとも違うのは、ブレアがサッチャリズムという新自由主義的な政策が綻びを見せ、全く予想したとおりに限界を迎えた後に現れたことだ。
ブレアは、新自由主義の目論見と福祉国家のコンセプトをなんとかバランスよく調合し、新しいイギリスの指針を処方したのである。すなわち「第三の道」である。
小泉は新自由主義の入り口を提示したに過ぎない。
イギリスは第二次世界大戦後、すぐに労働党政権となり、「ゆりかごから墓場まで」と言われる福祉国家政策を取り出した。
公営住宅、鉄道の国有化、社会保障制度の推進、医療費の無料化などなど。社会民主主義的な政策は、その後も70年代のサッチャーの時代まで引き継がれる。
これが否定されるのはサッチャーの時代である。
もともと「新自由主義」と呼ばれる政策は、「サッチャリズム」という名の下に始まった。
小さな政府による、市場経済を前提とした民営化、財政支出によるケインズ流の財政政策の放棄など。
70年代には、イギリスは没落していたのだ。「イギリス病」は、競争力を失った企業と怠惰な労働者を生み出した福祉国家政策が元凶とされていた。
本エントリの「ブレア時代のイギリス」の著者は、森嶋通夫著「サッチャー時代のイギリス―その政治、経済、教育」の続編として読まれるべき作品だ。その「サッチャー時代のイギリス」の作者は、、このサッチャーによる利潤原理による市場の見えざる力を社会に、より大胆に導入する手法を、「逆シュンペーター過程」と呼んでいる。
シュンペーターは、資本主義は放っておけば、資本の独占により「社会主義化/全体主義化」せざるを得ないというマルクスとは違ったスタンスのアプローチで、資本主義がこともあろうに「社会主義化」して自滅すると結論づけた。資本主義は癌で死ぬのではなく、ノイローゼで死ぬというわけである。これは、主に変化を失った社会の中で、民主主義的な仕組みをとらざるを得ない資本主義の市場原理は、かえって経済的な勝者に活力を失わさせていくという逆説的な論である。
もっともサッチャーはシュンペーターを本当に意識していたのかもわからないし、むしろ当時すでに気鋭の経営学者となっていたP.F.ドラッガーの影響のほうが強かったかも知れない。もちろん、サッチャー自身は当の本人に軽蔑されていたというハイエクの影響をもちろん忘れることはできない。
なにはともあれ、資抗するサッチャーは、「ビクトリア朝時代に帰れ」とのスローガンで、資本の活発な動きを促進するために、様々な手立てをとり始めた。
そして、利潤原理で勝者と敗者が現れることは当たりまえのこととして受け止め、「くやしかったら、がんばりなさい」という論理を押し立てた。
その結果、民営化、規制緩和、減税、これらが進み、財政削減による小さな政府へと展開される一方、イギリスでは失業者は増えていき、社会的不満は鬱屈していった。
その一方で海外からの投資は増え、製造業から金融をはじめとするサービス業へとイギリスの産業構造は劇的に変化している。現在のイギリス金融市場の活性化はここがひとつのターニングポイントとなっていることはいうまでもない。
サッチャーからメージャーに変わっても、新自由主義的政策を保持する保守党は足掛け18年政権を担当しつづけた。
その間に問題は膨らんでいた。貧富の差は広がり、医療や教育では公的サービスの荒廃が限界線まで達していた。92年の金融危機をきっかけに、保守党の政策に批判が高まり、そしてブレアが登場する。
ブレアは、労働党の改革に着手したうえで、サッチャリズム政策の修正にとりかかった。
そのとき、労働党はすでに数々の伝統的な社会主義的政策やケインズ流の財政政策を放棄している。例えば、生産手段の国有化は労働党の綱領からブレアによって削除されているし、福祉国家を維持するための政府による租税財源の確保、すなわち高累進課税や法人税を抑えて海外からの投資を導くスタイルは、サッチャー時代のものを引き継いだものだ。
そのうえで、教育や雇用プログラムを改革し、サッチャー時代に荒廃していた医療改革をするなど、公共サービスを新しい手法で立て直すことを行った。
「われわれの目標は、人々が市場の圧力によってなすがままにされるのではなく、市場の中で、自立的に活動できる人間を育成することである。」
ブレアの手法はある程度成功しているのは、イギリスの現在の好況と社会サービスの復活というテーマが著しく改善しているところからわかる。
おそらく、新自由主義的な経済政策や政治改革のプログラムを行う国家は、おおかれ少なかれ、このような社会主義的−福祉国家的−ケインズ主義的な処方を取らざるを得ない局面が出てくるはずである。
中南米の社会主義化の動きも、このような経済のグローバリゼーションに抗するひとつの揺り戻しと考えることが出来る。
世界経済は統合の方向に急速と進んでいる。IMF-WTO-世界銀行というトライアングルで形成された国際市場の枠組みに、今ではどこの国家であっても、それが例えばウーゴ・チャベスのような「新しい社会主義者」であっても、逆らうことは出来ない。市場原理を導入することということはは、すなわち統合された世界経済のステージに立つことを意味する。それに対するショックを少なくするために、国家は「社会的排除」されてきた弱者を手当てすることぐらいしか出来ない。
ときどき、オールドファッションな経済ブロックをつくって自国内の再配分の仕組みをなんとか維持しようとする試みがはじまり、それがあたかも最新の試みのように喧伝されるかもしれないが。
ここで社会民主主義は大きな難問にぶつかる。グローバルな資本主義とどのように折り合いをつけるのかという問いである。
(中略)
イギリスでニューレーバー(ブレアの新しい労働党の戦略)が目指したのは、グローバル資本主義という現実を受け入れたうえで、リスクの社会化や平等を最大限追求するというプロジェクトであった。
自由主義はどこまで行くことが出来るのか、国家は市場の結果(豊かな国の市民が貧しい国の市民に負担させているもの)をどの程度是正すべきなのか、あるいは環境などを射程にすえた調整をどこまで行うべきか、といった問題を議論するのは当然のことである。
マーティン・ウルフしかし、問題はそういうことなのか?
「ブレア時代のイギリス」の著者は、ブレア流の「社会民主主義」の実験が、資本主義を是正するのではなく、単に資本主義に人間を慣れさせることに過ぎないのでないかという懸念を示す。
すでに生存手段の生産というような実態経済が全く意味をなさないような金融取引が世界を駆け巡り、世界中の市場が統合されるような時代・・・・ある意味でマルクスやシュンペーターが預言したように資本主義が資本主義を崩壊させるような事態が・・・世界規模で到来するときが来るのではないか。そのとき、洪水に対してわれわれは世界規模で自らを救うための船を用意することは出来るのか。
そして、すでに現時点で絶対的窮乏化にさいなまされている世界中の人々が、自らの救済のために、何か決定的に違うアクションに陥ることはないのか。経済が傾くときに、世界は何度も最悪の選択を選びつづけてきた。
ブレアは、イラク政策の失敗(というか、強引な参戦)を問われ、これが最後まで響いて政権を手放した。が、この問題がなかったら今でも彼は政権を維持していたに違いない。
おそらく、日本にもブレアが試みたものと同じような揺り戻しの時がやってくるだろう。
しかし、まだその先を進めるための想像力を私たちはもっていない。
イギリスの選択は、そのまま数十年遅れて日本にやってきた。だから、日本経済と政治の今後を占うとすれば、まずはサッチャーからブレアへの遷移をチェックするとわかりやすい。
なんでもかんでも小さな政府・民営化・バラマキ是正などというキーワードがくれば正しいと思っている単純なメディアマジックにひっかかっている人は多少とも、イギリスの70年代から現在までの政治史を把握してよいのではないかと思う。
日本人はこういう潮流にキャッチアップする術に長けている反面、調子に乗りすぎることも多い。「バスに乗り遅れるな」方式の思考遮断にトクなどひとつもない。
ブレア時代のイギリス 山口二郎
テーマ : 政治・経済・時事問題
ジャンル : 政治・経済
吉本隆明について(1) / 『ぼくが罪を忘れないうちに』
吉本隆明が亡くなった。87歳。
この人を自分が最初に知ったのは、哲学者や文芸評論家としてではなく、詩人としてだったと思う。
現代詩手帖を読んでいた高校生の時期。
鮎川信夫や黒田嘉夫などとともに、その詩に強烈なインパクトを与えられたのをおぼえている。当時つけていた日記的なノートに、吉本隆明の幾つもの詩篇を書いてコピーしていた。
やがて、「ポストモダン」の哲学ブームみたいなものがあり、おっちょこちょいな高校生は、『共同幻想論』から初めて、多作ともいえる著書をかたっぱしから読みだすことになる。
今ではまったく普通のことになった、サブ・カルチャー的なアートジャンルや風俗といってもいい小説やマンガを真っ向から取りあげていった『マス・イメージ論』も驚いた。もちろんロラン・バルトの記号分析が下敷きになってはいるのだけれど、それはそれで現在を炙り出していくスタイルのオリジナリティが圧倒的であったし、なによりも「現在」というワケのわからぬものに掘削していく力量に本当にあっけにとられた。
当時、『マス・イメージ論』は、華々しくブームにのって現れたが、凝視してみれば奇形の存在だったから、皆にまともに受け取られたとは思えない。しかし振り返ってみれば、現在のサブ・カルチャー批評には絶大な影響を与えていることはがわかると思う。
喧嘩っぱやく、くらいついたら離さないような論争を続けながら、歌舞伎の大見得のような啖呵を切ったかと思えば、内省的で孤独な詩を呟くように発表する。詩篇などと同じく、その生き方にリズムがあって心地よかったし、硬質なるも詩的な表現が頻発する評論を自分は本当に愛した。
「この人の声を、今聴きたい」と思わせる存在であった吉本隆明は、重要な事象があれば必ず何かの反応を世間に示した。しかし、阪神大震災の時にはあれだけの論評を出してきた人が、東北大震災やそれに続く原発問題では、ほとんど何の反応も見せなかった。ちょっとした聞き書きみたいなものが伝わってくるのだが、それはもう吉本さんに書き記する力がないことを証明しているように思えた。
TWITTERで吉本隆明BOTを始めたのは、ちょうどその頃。
好きな詩篇はたくさんあるけれど、今日はこの詩を書きうつしておきます。
たぶん、高校生の自分が最初に好きになった吉本隆明の詩です。
最初のセンテンスの「きみのためにわかるようなことばで」というスタイルは、この後の詩篇の基本テーマとなったような気がします。
ぼくが罪を忘れないうちに
この人を自分が最初に知ったのは、哲学者や文芸評論家としてではなく、詩人としてだったと思う。
現代詩手帖を読んでいた高校生の時期。
鮎川信夫や黒田嘉夫などとともに、その詩に強烈なインパクトを与えられたのをおぼえている。当時つけていた日記的なノートに、吉本隆明の幾つもの詩篇を書いてコピーしていた。
やがて、「ポストモダン」の哲学ブームみたいなものがあり、おっちょこちょいな高校生は、『共同幻想論』から初めて、多作ともいえる著書をかたっぱしから読みだすことになる。
今ではまったく普通のことになった、サブ・カルチャー的なアートジャンルや風俗といってもいい小説やマンガを真っ向から取りあげていった『マス・イメージ論』も驚いた。もちろんロラン・バルトの記号分析が下敷きになってはいるのだけれど、それはそれで現在を炙り出していくスタイルのオリジナリティが圧倒的であったし、なによりも「現在」というワケのわからぬものに掘削していく力量に本当にあっけにとられた。
当時、『マス・イメージ論』は、華々しくブームにのって現れたが、凝視してみれば奇形の存在だったから、皆にまともに受け取られたとは思えない。しかし振り返ってみれば、現在のサブ・カルチャー批評には絶大な影響を与えていることはがわかると思う。
喧嘩っぱやく、くらいついたら離さないような論争を続けながら、歌舞伎の大見得のような啖呵を切ったかと思えば、内省的で孤独な詩を呟くように発表する。詩篇などと同じく、その生き方にリズムがあって心地よかったし、硬質なるも詩的な表現が頻発する評論を自分は本当に愛した。
「この人の声を、今聴きたい」と思わせる存在であった吉本隆明は、重要な事象があれば必ず何かの反応を世間に示した。しかし、阪神大震災の時にはあれだけの論評を出してきた人が、東北大震災やそれに続く原発問題では、ほとんど何の反応も見せなかった。ちょっとした聞き書きみたいなものが伝わってくるのだが、それはもう吉本さんに書き記する力がないことを証明しているように思えた。
TWITTERで吉本隆明BOTを始めたのは、ちょうどその頃。
好きな詩篇はたくさんあるけれど、今日はこの詩を書きうつしておきます。
たぶん、高校生の自分が最初に好きになった吉本隆明の詩です。
最初のセンテンスの「きみのためにわかるようなことばで」というスタイルは、この後の詩篇の基本テーマとなったような気がします。
ぼくが罪を忘れないうちに
ぼくはかきとめておこう 世界が
毒をのんで苦もんしている季節に
ぼくが犯した罪のことを ふつうよりも
すこしやさしく きみが
ぼくを非難できるような 言葉で
ぼくは軒端に巣をつくろうとした
ぼくの小鳥を傷つけた
失愛におののいて 少女の
婚礼の日の約束をすてた
それから 少量の発作がきて
世界はふかい海の底のようにみえた
おお そこまでは馬鹿げた
きのうの思い出だ
それから さきが罪だ
ぼくは ぼくの屈辱を
同胞の屈辱にむすびつけた
ぼくは ぼくの冷酷なこころに
論理を与えた 論理は
ひとりでにうちからそとへ
とびたつものだ
無数のぼくの敵よ ぼくの苛酷な
論理にくみふせられないように
きみの富を きみの
名誉を きみの狡猾な
子分と やさしい妻や娘を そうして
きみの支配する秩序をまもるがいい
きみの春のあいだに
ぼくの春はかき消え
ひょっとすると 植物のような
廃疾が ぼくにとどめを刺すかもしれない
ぼくが罪を忘れないうちに ぼくの
すべてのたたかいは おわるかもしれない
EGアカデミーにゲストで出てきます。

◇EGアカデミー・フットボール学公開講座
http://footballogy.jp/
・・・に出てきます。
河津さんと一緒なわけだけど、よくよく考えたら眞壁社長とか村林教授とかとも同じステージってこと?
とりあえずお笑い担当と荒れた会議になった場合の仕切り役(笑)で行ってきます。
てか、予約満員ですか。。。
というか、このラインナップは相当興味深いメンバーなのは間違いないですね。
クラブライセンス制度導入に、あっさり債務超過解消できませんとあえて居直った眞壁さん。
湘南って、親会社がないという意味ではかなり初期から未来形となっていたクラブですよ。
その人が、白旗をあげるのは、単なる責任放棄とかではなく、戦略的な発言だと思います。そのへんの話が聞ければ面白いでしょうね。
村林さんは、もはや慶応のスポーツマーケティングの教授ですから、今のクラブの経営事情とかはかなりリアルに分析できる人だと思います。
この2人の社長と経験者の組み合わせはすごい。
河津さんは、インファイトのリーダーにして市会議員という、ヨーロッパなみの地域とサポーターの関係を構築した人です。
以前から思ってましたが、これって相当未来形のサポーター像だと思うのですよね。むしろ、こうならねば地域とクラブとサポーターのトライアングルは成立しないぐらいの認識です、自分としては。(以前「フットボールサミット」でもチラリと書きましたが)
女子代表の話も面白そうだし、これはオススメ!!
・・・と思ったら、もう予約満員だから、あとはレポートでも期待するしかないですね。やはりJサポなるもの、早め早めの前売り購入ですよ!ヨコハマ・フットボール映画祭も前売りよろしくお願いします(笑)
そんなわけで、近況でした。
2012年1月に観た映画
◇1月に観た映画

「ヒミズ」 2011年 監督: 園子温
「国境の町」 1933年 監督:ボリス・バルネット
「ひまわり」 1970年 監督:ヴィットリオ・デ・シーカ
「いちご白書」 1970年 監督:スチュアート・ハグマン
「CUT」 2011年 監督: アミール・ナデリ
http://masterlow.blog74.fc2.com/blog-entry-368.html
「クレイマー、クレイマー」 1979年 監督:ロバート・ベントン
http://masterlow.blog74.fc2.com/blog-entry-367.html
「さすらいの女神(ディーバ)たち」 2010年 監督:マチュー・アマルリック
「永遠の僕たち」 2011年 監督: ガス・ヴァン・サント
「灼熱の魂」 2010年 監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ
http://masterlow.blog74.fc2.com/blog-entry-365.html
「ヒミズ」については後ほど書くことになります。
なんといってもこの監督の量産っぷりが目立ちますね。「冷たい熱帯魚」「恋の罪」「ヒミズ」と約一年で三本ですか。
今回は、なんというか園子温組総出演といってもいい集大成風。抜き差しならぬエディプスコンプレックスの超自我的君臨をテーマにし続けたこの人が、ついにボカリと父権に挑みかかります。このへんから作風変わりそうな予感。
「国境の町」は、テキストだけで知っていたボリス・バルネットをはじめて観た作品。
ドイツ軍の捕虜とロシア人娘の恋。さらにはその捕虜がロシアの生活に許容されて革命軍なんかにも加わったりします。これ「ひまわり」とおんなじ展開なんですけど、なんですかロシアだとこういうのはアリなんですかね。31年の作品で、プロパガンダ映画といえばそれまでですが、当時なら斬新だったであろうカメラワークや編集が興味深いものでした。
「永遠の僕たち」は、「ハロルドとモード」を彷彿さぜるを得ない葬式マニアの少年の切ない恋の物語。最愛の女性の死をきっかけに人生をポジティブに歩みだす・・・というのもおんなじ展開です。
特攻隊の少年兵の亡霊とのからみとかはやや新鮮。主人公曰く、あの頃はあったけど、もう日本とアメリカは「クール」(良好な)関係だそうな。へー。
「さすらい女神たち」は、いかがわしいダンサー集団とプロデューサーを主人公としたバックステージものです。没落していくプロデューサーとダンサーの奇妙な家族愛みたいなところに落ち着いていく作品です。ちょっと期待外れだったかな。
そんなわけで、公私多忙ゆえ、先月に引き続き本数こなせておりません。。。

「ヒミズ」 2011年 監督: 園子温
「国境の町」 1933年 監督:ボリス・バルネット
「ひまわり」 1970年 監督:ヴィットリオ・デ・シーカ
「いちご白書」 1970年 監督:スチュアート・ハグマン
「CUT」 2011年 監督: アミール・ナデリ
http://masterlow.blog74.fc2.com/blog-entry-368.html
「クレイマー、クレイマー」 1979年 監督:ロバート・ベントン
http://masterlow.blog74.fc2.com/blog-entry-367.html
「さすらいの女神(ディーバ)たち」 2010年 監督:マチュー・アマルリック
「永遠の僕たち」 2011年 監督: ガス・ヴァン・サント
「灼熱の魂」 2010年 監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ
http://masterlow.blog74.fc2.com/blog-entry-365.html
「ヒミズ」については後ほど書くことになります。
なんといってもこの監督の量産っぷりが目立ちますね。「冷たい熱帯魚」「恋の罪」「ヒミズ」と約一年で三本ですか。
今回は、なんというか園子温組総出演といってもいい集大成風。抜き差しならぬエディプスコンプレックスの超自我的君臨をテーマにし続けたこの人が、ついにボカリと父権に挑みかかります。このへんから作風変わりそうな予感。
「国境の町」は、テキストだけで知っていたボリス・バルネットをはじめて観た作品。
ドイツ軍の捕虜とロシア人娘の恋。さらにはその捕虜がロシアの生活に許容されて革命軍なんかにも加わったりします。これ「ひまわり」とおんなじ展開なんですけど、なんですかロシアだとこういうのはアリなんですかね。31年の作品で、プロパガンダ映画といえばそれまでですが、当時なら斬新だったであろうカメラワークや編集が興味深いものでした。
「永遠の僕たち」は、「ハロルドとモード」を彷彿さぜるを得ない葬式マニアの少年の切ない恋の物語。最愛の女性の死をきっかけに人生をポジティブに歩みだす・・・というのもおんなじ展開です。
特攻隊の少年兵の亡霊とのからみとかはやや新鮮。主人公曰く、あの頃はあったけど、もう日本とアメリカは「クール」(良好な)関係だそうな。へー。
「さすらい女神たち」は、いかがわしいダンサー集団とプロデューサーを主人公としたバックステージものです。没落していくプロデューサーとダンサーの奇妙な家族愛みたいなところに落ち着いていく作品です。ちょっと期待外れだったかな。
そんなわけで、公私多忙ゆえ、先月に引き続き本数こなせておりません。。。
2011年の映画100本とベスト3

2011年のベスト3です。
その前に、2011年劇場観賞映画全作品100本ジャストをまとめてみます。
ちなみに、この100本という数字、この数年コンスタントに年間140-150本は観ていたのに激減です。
理由はふたつ。ひとつは東北大震災とその後の電力事情のために、一時映画館そのものがやっていなかったため。また、そこから約2カ月、震災ボランティア関係に注力していたこと。
もうひとつは、本業その他が昨年の後半からバタバタしだしてしまったこと。サラリーマンやめたから、映画自由に観れるぜー!などと考えていたのはまことに甘い見通しだったと言わざるをえません(笑)
では、リストアップ開始。
ブレイキング・ニュース (2004年) 監督: ジョニー・トー
ソーシャル・ネットワーク (2010年) 監督: デヴィッド・フィンチャー
英国王のスピーチ (2010年) 監督: トム・フーパー
PTU (2003年) 監督: ジョニー・トー
ノルウェイの森 (2010年) 監督: トラン・アン・ユン
クラシコ (2010年) 監督: 樋本淳
激突! (1971年) 監督: スティーヴン・スピルバーグ
127時間 (2010年) 監督: ダニー・ボイル
ポンヌフの恋人 (1991年) 監督: レオス・カラックス
トスカーナの贋作 (2010年) 監督: アッバス・キアロスタミ
十二人の怒れる男 (1957年) 監督: シドニー・ルメット
ロミオ&ジュリエット -フーリガンの恋- (2009年) 監督: アンディバクティアール・ユスフ
SOMEWHERE (2010年) 監督: ソフィア・コッポラ
ロベレ将軍 (1959年) 監督: ロベルト・ロッセリーニ
暗殺の森 (1970年) 監督: ベルナルド・ベルトルッチ
マイ・バック・ページ (2011年) 監督: 山下敦弘
MAD探偵 7人の容疑者 (2007年) 監督: ジョニー・トー
ザ・ファイター (2010年) 監督: デヴィッド・O・ラッセル
ブラック・スワン (2010年) 監督: ダーレン・アロノフスキー
誘惑 (1957年) 監督: 中平康
結婚相談 (1965年) 監督: 中平康
悲しみのミルク (2008年) 監督: クラウディア・リョサ
サラエボ,希望の街角 (2010年) 監督: ヤスミラ・ジュバニッチ
阪急電車 片道15分の奇跡(2011年) 監督: 三宅喜重
バーレスク (2010年) 監督: スティーヴン・アンティン
あいつと私 (1961年) 監督: 中平康
自転車泥棒 (1948年) 監督: ヴィットリオ・デ・シーカ
しとやかな獣 (1962年) 監督: 川島雄三
貸間あり (1959年) 監督: 川島雄三
ソウル・キッチン (2009年) 監督: ファティ・アキン
イエスタデイ、ワンスモア (2004年) 監督: ジョニー・トー
死刑執行人もまた死す (1943年) 監督: フリッツ・ラング
シャンハイ (2010年) 監督: ミカエル・ハフストローム
仁義なき戦い (1973年) 監督: 深作欣二
仁義なき戦い 広島死闘篇(1973年) 監督: 深作欣二
ふたりのヌーヴェルヴァーグ ゴダールとトリュフォー (2010年) 監督: エマニュエル・ローラン
スーパー! (2010年) 監督: ジェームズ・ガン
堀川中立売 (2010年) 監督: 柴田剛
新宿アウトロー ぶっ飛ばせ(1970年) 監督: 藤田敏八
反逆のメロディー (1970年) 監督: 沢田幸弘
コクリコ坂から (2011年) 監督: 宮崎吾朗
サンザシの樹の下で (2010年) 監督: チャン・イーモウ
心中天網島 (1969年) 監督: 篠田正浩
吶喊 (1975年) 監督: 岡本喜八
SUPER 8/スーパーエイト (2011年) 監督: J・J・エイブラムス
竜馬暗殺 (1974年) 監督: 黒木和雄
聖母観音大菩薩 (1977年) 監督: 若松孝二
書を捨てよ町へ出よう (1971年) 監督: 寺山修司
変奏曲 (1976年) 監督: 中平康
安城家の舞踏會 (1947年) 監督: 吉村公三郎
小早川家の秋 (1961年) 監督: 小津安二郎
悪の華 (2003年) 監督: クロード・シャブロル
引き裂かれた女 (2007年) 監督: クロード・シャブロル
山椒大夫 (1954年) 監督: 溝口健二
噂の女 (1954年) 監督: 溝口健二
フィツカラルド (1982年) 監督: ヴェルナー・ヘルツォーク
ウィンターズ・ボーン (2010年) 監督: デブラ・グラニック
女と銃と荒野の麺屋 (2009年) 監督: チャン・イーモウ
煉瓦女工 (1946年) 監督: 千葉泰樹
わたしを深く埋めて (1963年) 監督: 井上梅次
最後の切札 (1960年) 監督: 野村芳太郎
横浜暗黒街 マシンガンの竜 (1976年) 監督: 岡本明久
若くて、悪くて、凄いこいつら (1962年) 監督: 中平康
才女気質 (1959年) 監督: 中平康
ナッシュビル (1975年) 監督: ロバート・アルトマン
アジョシ (2010年) 監督: イ・ジョンボム
牛乳屋フランキー (1956年) 監督: 中平康
ストリート・オブ・ファイヤー (1984年) 監督: ウォルター・ヒル
探偵はBARにいる (2011年) 監督: 橋本一
おとうと (1960年) 監督: 市川崑
ショウほど素敵な商売はない (1954年) 監督: ウォルター・ラング
風吹く良き日 (1980年) 監督: イ・チャンホ
ゴーストライター (2010年) 監督: ロマン・ポランスキー
ハウスメイド (2010年) 監督: イム・サンス
お熱いのがお好き (1959年) 監督: ビリー・ワイルダー
スリ(掏摸) (1960年) 監督: ロベール・ブレッソン
ラルジャン (1983年) 監督: ロベール・ブレッソン
エッセンシャル・キリング (2010年) 監督: イエジー・スコリモフスキ
ツリー・オブ・ライフ (2011年) 監督: テレンス・マリック
妻は告白する (1961年) 監督: 増村保造
「女の小箱」より 夫が見た (1964年) 監督: 増村保造
鉄道員 (1956年) 監督: ピエトロ・ジェルミ
リリー (1953年) 監督: チャールズ・ウォルターズ
歴史は女で作られる (1956年) 監督: マックス・オフュルス
ベニスに死す (1971年) 監督: ルキノ・ヴィスコンティ
ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル (2011年) 監督: ブラッド・バード
三十九夜 (1935年) 監督: アルフレッド・ヒッチコック
コンテイジョン (2011年) 監督: スティーヴン・ソダーバーグ
監督失格 (2011年) 監督: 平野勝之
ジュリア (1977年) 監督: フレッド・ジンネマン
インモータルズ -神々の戦い-(2011年) 監督: ターセム・シン・ダンドワール
TESE (2011年) 監督: 姜成明
県警対組織暴力 (1975年) 監督: 深作欣二
ゴモラ (2008年) 監督: マッテオ・ガローネ
恋の罪 (2011年) 監督: 園子温
刑事ジョン・ブック/目撃者 (1985年) 監督: ピーター・ウィアー
百年恋歌 (2005年) 監督: ホウ・シャオシェン
珈琲時光 (2003年) 監督: ホウ・シャオシェン
アンダーグラウンド (1995年) 監督: エミール・クストリッツァ
マネーボール (2011年) 監督: ベネット・ミラー
映画に愛をこめて アメリカの夜 (1973年) 監督: フランソワ・トリュフォー
中国娘 (2009年)監督:グオ・シャオルー
キナタイ・マニラアンダーグラウンド(2009年)監督:ブリランテ・メンドーサ
ハッピー・ゴー・ラッキー (2008年)監督:マイク・リー
唇を閉ざせ (2006年)監督:ギョーム・カネ
そして、今年のベスト3+α
◇ベスト3
1.ブラックスワン/ダーレン・アロノフスキー
http://masterlow.blog74.fc2.com/blog-entry-289.html
2.悲しみのミルク/クラウディア・リョサ
http://masterlow.blog74.fc2.com/blog-entry-285.html
3.中国娘/グオ・シャオルー
http://sandaifestival.jp/movie_08.html
◇邦画ベスト1
1.堀川中立売/柴田剛
http://masterlow.blog74.fc2.com/blog-entry-327.html
◇観といてよかった旧作ベスト3
1.妻は告白する/増村保造
http://masterlow.blog74.fc2.com/blog-entry-330.html
2.ラルジャン/ロベルト・ブレッソン
3.誘惑/中平康
http://masterlow.blog74.fc2.com/blog-entry-287.html
そんなわけで、今年もバリバリ観ていきます。



